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国が約束を違えた?それとも?その2

さてさて、「徳山港を-20mまで掘り下げて25万トン級の船が入港できる第一ポートとする計画が島津と国との交渉で約束されていた。」と言われるが、はたして・・。?
誰も知らないことですから、「それってほんと?」と決めつけるわけにはいきませんが、実力政治家のなせるところか?。
ところが、その結果は、市長退任直後の平成23年5月30日に明らかになります。
繰り返しますが、国交省から選定された「徳山下松港国際バルク戦略港湾」のスキームは「下松港-20m新設、徳山港-14m護岸延長、新南陽港-12m護岸延長」でした。
これが「心血を注ぎ、国と約束をしていた」結果である、となれば、まさに国に裏切られた訳ですから、当時の市長ならずとも約束の事実を知れば、関係者一同、心中穏やかならざるものがあるでしょう。
だが、当時は公式にも、島津前市長本人の判断も、何より「国際バルク戦略港湾に選定される」ことが最優先され、選定結果も国へ応募したスキームどおりであったわけですから、念願叶ったと言うべきはずですが、どうでしょう。
まさか、港湾管理者である山口県を飛び越へ、市民も企業も知らないところで、国(国交省の直轄事業)と直接交渉し、約束させておき、「あっ!」と言わせるための隠し玉だったのではないのでしょうね。
この秘策?が「木村市長のもと、下松が第1ポートとなったことで国からの周南市への3000億円の事業が失われ、日本と周南市の損失は計りしれません。」と、まさに悲憤慷慨ですよね。
これが事実なら、後を引き継いだ木村市長は無能を極める国賊と言うところですがさて、さて。
それなら島津氏が市長を続投していれば「約束が守られていた」とでも言われるのか。
はたまた、「退任により白紙に戻った」とでも言われるのか。
仮初にも無邪気なハッタリではすみません。
“問うに語らず語るに落ちる”と言う諺があります。
また、”誉は自らの口を持って褒めず、他人の口を持って褒めさせよ(聖書)”
言うまでもなく政治は結果責任を問われます。

蛇足です。
3000億円の事業とは、「もし、-18mの港湾が整備されれば周南地域への民間投資が誘発される」と、かつて議会勉強会で某企業のトップが発言されたことがあったけど。
推察ですが、、このことでしょうか?・・。
おわり
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国が約束を違えた?それとも?その1

前回は下松港がファーストポートに選定された経緯を書きました。
今回は、島津ゆきお氏の公式サイトから、これが事実なのか、率直に糺してみましょう。
彼はこう書いています。
「島津ゆきおが市長時代に心血を注いで取り組んだ構想の一つが、スーパーバルクターミナルで、徳山港を-20mまで掘り下げて、25万トン級の船が入港できる第1ポートとする計画が、島津と国との交渉で約束されていました。
今回、木村市長のもと、下松が第1ポートとなったことで国からの周南市への3000億円の事業がなくなってしまうこととなり、日本と周南市の損失は計りしれません。」(
原文まま)
まず、彼が心血を注いで取り組んだと言うスーパーバルクターミナル(大水深国際バルクターミナル)構想とは何か、その経緯を少し説明します。
それは河村市長時代(平成15年5月25日~平成19年5月24日)の平成18年8月2日、国土交通省中国地方整備局に「中国地方国際物流戦略チーム」が設置されたことから始まります。これがどういう組織なのか、設置要綱からみてみます。
先ず、第2条に組織とは「中国5県知事、物流関係団体、経済団体並びに関係行政機関等で構成」されています。
次に、第3条にその目的があります。「中国・ASEAN 等が生産拠点・販売拠点として急成長し、国内企業が調達・製造・販売拠点をアジアにシフトするなかで、わが国の経済活動を支える国際物流と国内の陸・海・空の各輸送モードが有機的に結びついた迅速、低廉でシームレスな物流ネットワークを構築すべく、関係機関相互の密接な連携により、地域の実情に応じた国際物流のボトルネックの解消と、効率的な新しい物流システムの構築をめざすものとする。」とあります。
そして、事務局は中国地方整備局におかれました。
さて、平成19年6月11日 同チームが「中国地方の産業の国際競争力強化に向けた緊急提言」を発表します。この中で
①大水深国際バルクターミナル(スーパーバルク)の拠点整備等を提言。(初めて公になり、以後の取り組みに進んでゆきます。)
②バルクターミナルの効率的運用のための公共ふ頭の長期一体貸付制度の創設。(これにより現周南バルクターミナル(徳山港)のための制度がつくられました。)
ここでのポイントとは
基礎素材型産業が集積する瀬戸内海において、官民が協力してスーパーバルクターミナルを整備、そこを拠点港として、瀬戸内海諸企業の物流コスト削減を行い、広域的に国際競争力の強化を計る。と言うことにあります。
すなわち、平成18年8月の「中国地方国際物流戦略チーム」の設置は、徳山港をスーパーバルクターミナルにしようと言う、国と周南市と企業の段取り・シナリオの一部(初期)であって、河村市長時代に仕込まれ今日に至っています。
流れ的に、このチームがスーパーバルクターミナル構想として打ち上げた時期が、たまたま島津前市長時代であったということです。心血を注いだと、おっしゃりたい気持ちも分かりますが・・。
つづく

下松港がファーストポートに?

平成26年3月、徳山下松港の港湾計画が改訂*-2されました。
改訂スキームは「下松港-20m、徳山港-18m、新南陽港-14m」となり、計画上のファーストポートは下松地区です。
なぜ、下松港がファーストポートに決まったのか、結論から申し上げます。
多分お忘れでしょうが、平成23年5月30日、徳山下松港は国交省から「国際バルク戦略港湾」*-1に選定されました。
そのスキームは「下松港-20m新設、徳山港-14m護岸延長、新南陽港-12m護岸延長」です。このスキームを見て何故?と疑問に思われるでしょうが、当時は何をおいても「国際バルク戦略港湾に選定」されることが優先され、島津前市長時代に決定されたのです。
この選定に至る経緯に少し触れます。
平成21年9月、政権交代を果たした当時の民主党政権(~平成24年12月)は、これまでの港湾整備の進め方に対して、国から見て国策上どこが相応しいかではなく、全国に公募して選定する形を取りました。
山口県も国際バルク戦略港湾の公募に対応するため、平成22年3月26日、企業等を中心に「山口県のバルク港湾の今後のあり方を考える勉強会」を開催します。
勉強会において、宇部地区を入れること。ファーストポートは、下松、徳山両案を検討すること、としたが、国の選定の評価項目のなかに投資経費(効果ではない)があり、既存で水深を確保している下松地区の方が安価で、評価点が上がるということから、下松地区をファーストポートで進めることに決定(下松地区の実態経済は考慮されず)したのです。
その上で、島津前市長は「取り敢えず、国際バルク戦略港湾に選定されたほうが良い」と言う判断でしたので(周囲の疑問視する声もあった)、選定されるための行動、例えば平成22年9月4日に、当時の前原国土交通大臣を周南市入りさせ、コンビナート企業、周南バルクターミナルの視察を実施しています。
こうした経緯ですから、今になって「徳山港は、下松港のもとで2次港になった。どういうことか?」(H26.9/19全員協議会、島津議員質疑)はないと思いますが・・・。
それはさておき、今回の港湾計画改訂(平成26年3月)は、当時のスキームをもとにしています。(*-1:国交省HP *-2:山口県港湾課のHPで確認してください。)
周知の通り、「港湾計画」は港湾管理者が策定するもので、徳山下松港については山口県が港湾管理者として策定し、計画の決定権を持っています。
木村市長はこの港湾計画改訂に対し、一貫して「整備個所は実際に効果のある徳山・新南陽地区から行って欲しい。さらに、徳山港(出光、トクヤマ、ゼオン等)の水深を-20mにして頂きたい。」と、強く要望しています。
これに対して山口県は、強固に徳山-16mを進めようとしました。この背景には当時の国際バルク港湾選定時のスキームが、立ちはだかった(他にも政治的思惑?あり)ことは言うまでもありません。
事務方のせめぎ合いがありましたが、最終的には木村市長と山本前知事との直接交渉で-18mに決着したものです。 
それはともかく、このたびの港湾計画改訂(平成26年3月)において、徳山地区が-18mの大水深化を確保したことで、実際に投資効果(周南地区の経済波及効果)のある、徳山・新南陽地区から先行整備されれば、事実上のファーストポートとして強大な効果を発揮できることでしょう。
贔屓の引き倒しはしたくないが敢えて、これからの木村市長の「ふるさと周南を絶対に守る」強い信念に裏打ちされた行動に期待したいもの。

お忘れですか?徳山下松港港湾計画の顛末

「統率に粉飾は不要。至誠こそ統率のカギ」 論語が教えます。
島津ゆきお氏のブログ(転載 まま)から、

ほのぼの会館での集会を終えて
 10月26日、ほのぼの会館で島津ゆきおの市政報告会を行いました。
徳山港ではなく、下松港が第1ポートに今年、決定された件について説明を聞きたいと、集会参加者の方から要望がありました。島津ゆきおが市長時代に心血を注いで取り組んだ構想の一つがスーパーバルクターミナルでした。徳山港を20mにまで掘り下げて、25万トン級の船が入港できる第1ポートとする計画が島津と国との交渉で約束されていました。
 今回、木村市長のもと、下松が第1ポートとなったことで、国からの周南市への3000億の事業がなくなってしまうこととなり、日本と周南市の損失は計り知れません。昨今、静岡県の経済の失速が顕著となっていますが、原因の1つに港の整備がされなかったことがあげられています。
島津ゆきおの政治家としての先見性があれば、“強い周南”を実現できるのだと、今回の集会でも確信いたしました。                             10月26日

これは島津幸男議員が、大神コミュニティ施設「ほのぼの会館」(新南陽)で、来会者に向けて徳山下松港の港湾計画の顛末を高言されたものです。
俗に”鳥なき里のこうもり”と言う諺があります。
彼は本当のことを語っているのでしょうか。
次の五点を指摘しますが、誠実に事実や根拠の説明責任がともないます。
まず、1、下松港が第一ポートに決定されたという事実経緯は?
2、市長時代にスーパーバルク構想に心血を注いだという事実行為とは?
3、徳山港を-20mに掘り下げて、25万トン級の船が入港できる、第一ポートとする計画が、島津と国との交渉で約束されていたという。これは真実ですか?
4、木村市長のもと、下松港が第一ポートになったことで、国からの周南市への3000億円の事業がなくなったという。その根拠はなに?
5、静岡県の経済失速の要因のひとつに、港の整備がされなかったというが、正鵠を射ていますか?

これらが全くの事実だとするなら、確かに木村市長は無能であり、即刻退場を願うことになるでしょう。
そして、島津氏こそが真のリーダーで周南の救世主たりうるお方と言うことになります。
すなわち「市長のポストは私がとってかわりますよ。」と高言しているのでしょうか。呵々大笑

次回は上記5点の事実経緯や背景についてお話します。


お忘れですか?継承より再生

平成23年3月6日の本会議一般質問で、私が島津市長一期目の任期終了前に「マニフェストは実現できているのか」と、見解を求めたものです。

◎市長(島津幸男君)(会議録まま)
マニフェストにつきましては、結論から申し上げますけども、もしチャンスがあれば、次にもですね、私はマニフェスト選挙をしていきたいと思っております。こういうものは面倒くさいんですよね。もう毎年毎年チェックされますから、きれいごと言うと、ほとんどの政治家やりたくないです。アバウトな人が多いから政治家っていうのは。だけど、やっぱり、こういうのきちっと出してですね、市民の御批判を仰ぐということがですね、私は、特にリーダーたる市長は必要であると思っておりまして、そういう中で、継承よりも再生。私はですね、オバマではないけども、チェンジって言って出たんですよ。チェンジっていうのは継承じゃないんです。いいものもありますよ。いいものは残せばいい。それは継承ではない。残すだけです。だから、私は、再生というのは、これももう少し本当は、一言で言えばチェンジなんですから。オバマより前にチェンジを使ったのは私ですから。
 そういうことで、チェンジという中で、実はとまっておりました徳山駅前の周辺整備、それからスーパーバルクも実は頓挫しておりました。いろいろあってですね。各企業間でいさかいがありまして。それから、N7の埋め立てもですね、実は一つの利権の対象みたいになってですね──言葉は失礼で言いますよ。本当に企業のための先行的な投資になってなかった。給食センターはいろいろありますけども、おかげさまで今回いいのができましたから、結果を見ていただければいい。東西道の駅もですね、ここまで、私どもだけじゃない、国も県も入れて、形ができてきましたということで、野球場、徳山動物公園、学び・交流プラザ、いろいろありますけれども、私は、ほとんどの事業がきちっと4年間、いわゆる準備ができて、また飛び立ち出したと思っております。そういうことで、もし、次の4年間をいただけるんなら、これが本当の意味で形になって、この市が革新的に変わるという自信と確信を持ってやらせていただきたいと思っております。したがって、確実に、着実に、誠実に。いろいろ事業っていうのは、そう簡単にいかないんですけども、私は、今後の4年間につきましては、皆さんに目に見える形で、周南の変化、しかもそれが単なる雑な建物ではなくて、品のある、上質で品格のあるまちづくりのシンボル的なものに変わっていけばいい。また、そのようなつもりでやりたい。

いかがですか。平成19年春、彼はマニフェストで合併後の周南市民に漂う停滞感を打ち破るかのように、「継承より再生を!」と叫び、強い周南をつくると言って「周南再生戦略」!」を挙げました。
当然、箱物づくりがメインではありましたが・・。

市民も期待しました。だけどじっくり見れば平成17年に策定した「まちづくり総合計画」の概ねコピペであり、特段耳目を引く内容でもなかったのに、気づかなかったのです。
彼の市長在任4年間の時の経過のなかで、合併特例債と起債を充て込んだハード(建設事業)も、ソフト(手続き)の粗っぽさに人心が嫌気したものでしょう。


お忘れですか?二律背反

平成26年10月28日の臨時会本会議で、島津幸男議員は「平成25年度一般及び特別会計の決算を認定」することに賛成しました。
ところが、彼は平成25年3月22日本会議で「平成25年度一般会計当初予算」に反対しています。その理由は庁舎建設関係予算に対してです。
1.庁舎建設事業 1億1520万円 その内訳は
基本計画の策定4100万円、ほか地質調査、シンポジウム、先進地視察等
2.庁舎建設基金 3億0801万円

反対の理由は(会議録まま)
◎1番(島津幸男議員) 議案第15号、一般会計予算について、反対の立場からお話し申し上げますが、まず、庁舎の建設関係4,100万円、かねがね市民の総意を聞かないままに、建てかえありきで、しかも公約では箱物を建てないということながら、100億円近い箱物を建てるということについては、その理由からして賛成するわけにはいかないということでございます。まず、市民のコンセンサスが得られてないということが一つ、場所もここで決めたということで、私は、これはやはり行政としていま一つ市民の合意を聞くべきではないか。さきの応援に行かれました下関の市長選挙でも、争点として市役所の建てかえが出ます。ここは、我が市の約半分以下の40億円と、耐震で20億円ということでの論争があったわけです。そういうことで、ぜひともこの件については、もう一度再考してもらいたい。
 特にその理由につきまして、防災拠点ということで行政のほうは、集中・集約が必要だという発想でございますが、民間の国際企業を含めまして、本社機能の分散化というのは常識なんです。だから、もしやるとしたら、4総合支所あります総合支所に防災機能をつくって、いつでもどこでも対応できるような現地・現場主義を遂行されることを期待してるところでございます。そういうことで、危険分散、言葉としてでき上がっておりますけども、ぜひもう一度再考してもらいたい。
 さらに2番目として、この場所は津波等、現在県のほうで少し不明瞭な状況になってますが、もし上関の原発が、再稼働といいますか、再建設が決まったようなことになりますと、23年のたしか5月でございますが、議会の総意で、総意だったと思いますが、意見書が出されております、周南の市議会から。この中で、本市も30キロ圏内がある、風向きによっては全市が影響するということまで明言されてるわけです。そういうところの検討なくして、この場で建てかえる、しかも防災の拠点にするという意図が私には理解できない。そういうケースが来れば、まさに無用の長物ということになりますので、ぜひとも20年、30年、50年先を考えてもう一度再考いただきたい。

これが当初予算にたいして島津幸男議員が反対した意見です。
しかし、反対した予算は木村市長によって一年間執行されましたが、その決算は認めたわけです。何ら賛成意見の開陳は有りませんでしたが・・。

ところで、庁舎建設に関して、平成22年3月に「庁舎整備に係る基本調査報告書」が策定され、市のHPで公表しています。
その概要は、躯体や設備の老朽化、建物の構造上、完全なバリアフリーが難しく床面積の制約から分庁方式を取らざるを得ない、駐車場が手狭である。
これらの問題を解決するために、建て替えが有効な手法であるこから、庁内組織である「庁舎建設検討委員会」(平成18年度設置)で、
①行政情報の保持②住民生活に直結する窓口機能の維持③災害対応できる機能の堅持を確保するため、
早急に今後の庁舎整備の基本方針を策定する必要が生じた。
と明らかにしています。
具体的整備方針の検討、概算事業費、課題の整理等が報告されています。ちなみに建設工事は1期2期3期に分けています。概算事業費は当時の金額で約95.7億円(合併特例債)の有効活用、職員数は811人、延べ床面積は24,000㎡に設定しています。

これは平成23年3月の東日本大震災発生1年前の報告書です。

プロフィール

かねしげはじめ

Author:かねしげはじめ
周南市議会議員3期目
(旧新南陽通算9期)

新誠会代表
企画総務委員会委員
議会運営委員会委員

連絡先
周南市米光379-5
電話 67-2303

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